【翻訳】[文化レビュー]ただただ シラノのためのミュージカル『シラノ』(『シラノ』劇評)

 

[文化レビュー] ただただ シラノのためのミュージカル『シラノ』

2017.07.12 04:00:51

[文化ニュースMHN ソ・ジョンジュン記者] 
 誰でも愛さずにはいられない、そんな男が現れた。
 ミュージカル『シラノ』は韓国最高のミュージカル俳優の一人、リュ・ジョンハンの初プロデューサーデビュー作として有名になった作品だ。
 去る7日に開幕し、10月8日までLGアートセンターで公演される今作は、エドモン・ロスタンの戯曲『シラノ・ド・ベルジュラック』が原作だ。

 エドモン・ロスタンが書いた戯曲『シラノ・ド・ベルジュラック』は当代最高の人気作品の1つであり、フランスの国民文化であり『三銃士』の主人公ダルタニャンのモデルにもなった。また、サヴィニヤン・ド・シラノ・ド・ベルジュラックは実在した人物で戦争に参戦した勇敢な戦士でありサイエンスフィクションの先駆的な作品で評価されたという『月世界旅行記』、『日世界旅行記』などを執筆した文武両道の人物だったという。
 しかし、公演を観る観客にとって重要なのはこうした背景ではなく、舞台の上で息づく人々の物語であろう。ミュージカル『シラノ』はタイトルロールとなっている魅力的な人物“シラノ”を物語の全面に出す。

 シラノはロマンという単語が一番似合う人物だ。自身の信念が固くて不正を許さず、友情と義理を重んじる。また、権力に屈せず戦にも強い。少し度を越したプライドと虚勢が見えもするが、それさえも彼の人間的な魅力を際立たせている。周辺人物も、いつも彼を心から心配し、彼と共に行動しようとするほどである。

 そんなシラノだが、鼻が彼の唯一の弱点であるという点が興味深い設定だ。大概、主人公は素敵なイケメンか、ちょいワルなイケメンか、ただのイケメンだからである。もちろん、この設定が興味深いと感じるには、作品を見る私たちも“大きな鼻が何の問題にもならないくらい彼が魅力的”だと感じてこそ可能なのだが、先にも述べたとおり、シラノはまさに卓越した天才詩人であり、剣客であり、人間味溢れるロマンチストとして描かれる。その上、ミュージカルなので、美しい歌声を持ち、歌も上手いときている。彼が詠む美しい言葉を聴いていると、誰でも彼を愛さずにはいられないだろうと確信する。

 しかし、彼は女性の前では、正確にはロクサーヌ前ではどこまでも弱くなる。これは、かっこいいルックスというだけでロクサーヌの心を掴むクリスチャンも、傲慢で厚かましい権力者であるド・ギッシュ伯爵までも同様だ。

 ただ、ここで逆説的な物足りなさが生まれてくる。劇中でそれぞれ、心、容姿、力が最も優れた男が惚れるロクサーヌのキャラクターが効果的に際立っていないのだ。なぜなら、作品のタイトルにもなっているとおり、この作品は“シラノのシラノによるシラノのための”作品だからだ。

 途中休憩を含めて約2時間50分の公演時間中に観客がシラノではない他の人物に集中する時間はほとんどない。各主要配役のソロナンバー、またはアンサンブルナンバーなどを除けばいつも舞台の上ではシラノが歌い、シラノが動き、シラノが劇を引っ張る。主演俳優のトリプルキャスティングの必要性をかなり実感するほどだ。簡単には観ることのできない3人の俳優、彼らのファンにとっては夢のような時間になることだろう。

 だがそれによって、ロクサーヌの自由奔放さと正直さで武装した美しさも、クリスチャンの成長と共に感じる不器用だけれども深い真心も、ド・ギッシュ伯爵のロクサーヌへの愛も、シラノの前では光を失う。この作品で最も興味深い人物はシラノだが、シラノが他の人物よりもより天才的でロマンチックな人物として描かれるためには、他の人物の下絵がもう少し描かれるべきではなかろうか。

 それにも関わらず、喜悲劇らしいメリハリのコントロールは秀逸だ。会場に座った観客は“長い1幕”の象徴のような90分のランニングタイムがあっという間に過ぎてしまう体験をするだろう。代筆のシーンで見られるシラノとクリスチャンのコンビプレイも印象的だ。それに対して2幕が相対的に短くなり、シラノの愛を強く感じることができる最後のシーンでの叙情性を感じにくい点が少し惜しい。豪華な料理を食べたのに最後が少し物足りない感じとでも言おうか…。

 しかし、ミュージカル『シラノ』は全体的に安定したプロダクションクォリティが感じられる作品だ。“プロデューサー リュ・ジョンハン”の最初の作品として恥ずかしくない作品と言えよう。とくに“別のシラノに対する興味”を引き起こさせたという点で、確実に観客にアピールする方法を知っている熟練さが感じられる。

 ビジュアルの全体的なトーンもロマンによく合う。通常の中世ヨーロッパが背景のミュージカルとは違い、少し力を抜いたような感じで、洗練された作りの小説の挿絵風の舞台セットと、強く発色する照明、人物の背後まで降りてくる大きな月、秋の紅葉と星を効果的に表現した2幕の舞台などは、夏から秋へ移る現実の時間と重なり、作品とよく合っている。

 『シラノ』では、想像もできない21世紀が来た。月の国にはウサギがいないということが明らかになったが、相変わらず彼が戦ってきた偽善と卑劣、権力の不正は残ったままの現在、愚直なまでに純粋な愛を捧げ、粋な人生を生きたシラノのようなロマンチストに会ってみるもの良いのではないだろうか。

文化ニュースより
原文はこちら


翻訳:リュ・ジョンハンプロジェクト

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